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仙台地方裁判所 平成8年(行ウ)4号 判決

原告

佐藤コヨシ

右訴訟代理人弁護士

沼澤達雄

被告

新庄税務署長 和田千尋

(以下「被告税務署長」という。)

右指定代理人

佐藤富士夫

阿部修

被告

国税不服審判所長 島内乗統

(以下「被告審判所長」という。)

右指定代理人

藤倉光

右被告両名指定代理人

翠川洋

粟野金順

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告審判所長が、原告に対し、平成九年五月二六日に言い渡した仙裁(諸)平八第三六号審査請求事件の裁決を取消す。

二  被告税務署長が、原告に対し、平成三年分の課税期間の消費税、平成四年分の課税期間の消費税、平成五年分の課税期間の消費税について、平成七年三月一〇日付でした更正処分(ただし、いずれも平成一〇年三月三〇日付でなされた再更正処分後のもの)のうち、平成三年分課税期間納付すべき税額三一万五九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分、平成四年分課税期間納付すべき税額三四万六三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分、平成五年分課税期間納付すべき税額三三万四二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件申告

原告は、食料品小売業を営むほか、米穀集荷業も行っているところ、被告税務署長に対し、平成三年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間(以下「平成三年度課税期間」のようにいう。)にかかる消費税につき、納付すべき税額を三一万五九〇〇円、平成四年度課税期間にかかる消費税につき、納付すべき税額を三四万六三〇〇円、平成五年度課税期間にかかる消費税につき、納付すべき税額を三三万四二〇〇円として、それぞれ各法定申告期限までに確定申告(以下「本件申告」という。)をした。

2  本件更正処分

被告税務署長は、原告に対し、平成七年三月一〇日付で、左記内容の更正及び過少申告加算税賦課決定を行った(以下「本件更正処分」という。)。

(一) 平成三年分課税期間

(1) 納付すべき税額 九三万七〇〇〇円

(2) 過少申告加算税額 六万八〇〇〇円

(二) 平成四年分課税期間

(1) 納付すべき税額 一二〇万〇〇〇〇円

(2) 過少申告加算税額 一〇万二五〇〇円

(三) 平成五年分課税期間

(1) 納付すべき税額 二九一万〇八〇〇円

(2) 過少申告加算税額 三六万〇五〇〇円

3  本件裁決

原告は、被告税務署長に対し、本件更正処分を不服として、平成七年三月二四日、異議申立てをしたが、同年六月三〇日付で棄却されたので、同年七月二四日、右異議決定を不服として、被告審判所長に対し、本件更正処分につき審査請求をしたところ、同被告は、平成九年五月二六日、右審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、右裁決書は、同月三〇日、原告に送達された。

4  本件再更正処分

被告税務署長は、原告に対し、平成一〇年三月三〇日付で、減額更正処分(以下「本件再更正処分」という。)を行った上、平成三年度課税期間については消費税二一万二〇〇〇円、過少申告加算税二万八〇〇〇円、平成四年度課税期間については消費税三〇万一一〇〇円、過少申告加算税四万五〇〇〇〇円、平成五年度課税期間については消費税六一万六二〇〇円、過少申告加算税九万一五〇〇円を還付した。

その結果、本件更正処分の内容は、左記のとおりとなる。

(一) 平成三年度課税期間

(1) 納付すべき税額 七二万五〇〇〇円

(2) 過少申告加算税額 四万〇〇〇〇円

(二) 平成四年度課税期間

(1) 納付すべき税額 八九万八九〇〇円

(2) 過少申告加算税額 五万七五〇〇円

(三) 平成五年度課税期間

(1) 納付すべき税額 二二九万四六〇〇円

(2) 過少申告加算税額 二六万九〇〇〇円

5  しかし、本件更正処分及び本件裁決は、いずれも違法であるので、原告は、被告らに対し、本件更正処分(本件再更正処分後のもの)及び本件裁決の取消を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

請求原因事実は認める。

三  被告税務署長の抗弁・・・本件更正処分の適法性

1  本件更正処分に至る経緯

(一) 被告税務署長は、平成六年五月一六日、原告の所得税及び消費税の調査のために、新庄税務署の国税調査官である石山洋(以下「石山調査官」という。)をして原告の自宅に赴かせ、同日以後税務調査(右一連の調査を、「本件税務調査」という。)を行った。

(二) 右五月一六日及び同月一九日の調査(以下「本件臨場調査」という。)の際、石山調査官は、原告の概況調査及び差益率について検討を行い、その後、原告の米穀仕入に関する仕入帳の提示を求めたところ、原告から、仕入帳(以下「当初提示仕入帳」という。甲一二号証)が提示された。

ところが、右帳簿には、仕入年月日、数量、単価、仕入金額及び米の品種(略号で記載)の記載はあるものの、仕入先については、一部、氏又は名前の一方のみが記載されているものなど、消費税法(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下「法」という。)三〇条八項一号イに規定する「課税仕入れの相手方の氏名又は名称」の記載が不十分なものがあったことなどから、原告に対し、その補完を要求するとともに、当該補完がされないと仕入税額控除の対象とならない旨説明した。

(三) 同月二三日、原告の関与税理士である伊東栄税理士(以下「伊東税理士」という。)は、石山調査官に対し、当初提示仕入帳に補完記載をした仕入帳の写し(以下「一部補正仕入帳」という。甲一三号証)を提出した。

ところが、右補完記載によっても、なお、右法が要求する記載として不十分であると認められたため、石山調査官は、伊東税理士に対し、再度、記載を補完するよう依頼した。

その後、石山調査官は、一部補正仕入帳のうち、氏若しくは氏名及び地域名までが記載されている取引について、赤マーカーで表示を行い、右表示を行った一部補正仕入帳の写し(甲一四号証)を伊東税理士に交付して、その他の取引についても、右表示の記載程度まで補完するように要請した。

(四) 平成七年一月五日ころ、伊東税理士は、石山調査官に要請に応じて氏名等の補完記入をしたとする仕入帳を持参して新庄税務署を訪れたが、仕入先を明らかにすると今後の商売に差し支えるなどとして、石山調査官に対し、「取引内容の書き写しやコピーを一切しないこと」を条件としない限り、右仕入帳を提示できない旨申し出た。

これに対し、石山調査官は、右のような条件付の提示では、真実の仕入先かどうかの確認ができなくなるなど十分な質問検査権の行使ができなくなることから、右のような条件付の提示を認めることはできないと判断し、条件付でない任意の提示を要求したが、伊東税理士はこれに応じなかったため、結局、右仕入帳を閲覧調査することはできなかった。

(五) その後、同月二七日及び同月三一日ころにも、伊東税理士は、新庄税務署を訪れたが、仕入帳の提示については同様の条件を付したことから、石山調査官は、伊東税理士が持参した仕入帳を閲覧調査することはできなかった。

なお、石山調査官は、右来所の際にも、伊東税理士に対し、条件を付した帳簿の提示は認められず、このままでは一部補正仕入帳の記載内容によって法三〇条の要件を充たしているか否かを判断せざるを得ず、仕入税額控除が一部認められなくなる旨を説明した。

(六) 同年二月七日ころ、伊東税理士は、新庄税務署を訪れ、仕入先全部について記入した帳簿が入っているとする封筒を石山調査官に差し出し、他には利用しないことを条件に提供する旨申し出た。しかし、石山調査官は、そのような約束はできない旨を説明するとともに、そのような条件を付さないで帳簿を提示して欲しい旨説明したが、伊東税理士はこれに応ぜず、結局、右封筒の内容を確認することはできなかった。

(七) その後も、新庄税務署職員と伊東税理士との間で、法三〇条の解釈等について質疑応答がなされたものの、新庄税務署職員による再三にわたる帳簿の提示の要請にもかかわらず、原告から条件を付さない任意の形での帳簿の提示は得られなかった。

(八) そのため、被告税務署長は、一部補正仕入帳に基づき、同条の要件を充たしていると認められる課税仕入取引については仕入税額控除を認めた反面、それ以外の部分については仕入税額控除を否認した上で消費税額を算出し、本件更正処分に至ったものである。

2  本件再更正処分

被告税務署長は、本件更正処分において、法三〇条八項一号イの記載要件を充たしているか否かについて、住所をも含めて判断した誤りがあったことから、平成一〇年三月三〇日、右誤った部分を是正する本件再更正処分を行った。

3  本件更正処分の根拠

(一) 法三〇条七項にいう法定帳簿等の「保存」の意義について

(1) 法三〇条七項は、事業者が、当該課税期間の課税仕入等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等(以下「法定帳簿等」という。)を「保存」していない場合には、同条一項の規定を適用しない旨定め、同条八項及び九項は、右帳簿等の記載事項について、単に納税者本人が課税仕入に係る消費税額の金額を計算するために必要であるというにとどまらず、課税仕入の相手方の氏名又は名称、課税仕入に係る資産又は役務の内容等、税務署長等が課税仕入に係る取引内容を把握し、納税者の申告の正確性を確認するために必要な事項についても記載することを求めており、このことは、申告納税制度を前提として、権限ある税務職員による質問検査権(法六二条)の適正な行使によって、課税仕入に係る取引内容の真実性を確認するとの趣旨にほかならない。

また、消費税法施行令(以下「令」という。)五〇条は、仕入税額控除に係る帳簿等の保存期間を、税務署長等が更正、決定等をしうる最長期間である七年間(国税通則法七〇条五項)とし、かつ、保存の場所を調査に便宜な納税地等としている。

(2) 右のとおり、消費税の採用する申告納税制度及び税務職員の質問検査権という制度的な面からも、また、法の関連諸規定からも、法三〇条七項が仕入税額控除に係る帳簿等の保存を仕入税額控除の要件とした趣旨は、税務職員が、税務調査に際して、納税者から仕入税額控除に係る帳簿等の提示を受け、その存在及び課税仕入等に係る消費税額に関する申告の正確性を確認できるようにするところにあることが明らかである。

したがって、仕入税額控除をするためには、納税者が、税務調査に際し、税務職員に対して右帳簿等を提示することが必要であり、本件のように、右帳簿等の提示を拒否した場合は、法三〇条七項にいう「課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当し、仕入税額控除の要件を欠くこととなる。

(3) 実際問題としても、納税者から帳簿等の提示がない場合には、税務署長が、課税仕入等に係る消費税額を把握することは不可能であって、この点についての申告の正確性を確認することも不可能となる。

そして、このような場合にも、帳簿等の「保存」の要件を充たすものとすると、税務署長としては、納税者の申告額をそのまま受け入れるべきであるということにならざるを得ないが、そのようなことは、納税者間の公平を害するばかりでなく、適正課税を実現すべき税務署長の職務の放棄となり、到底是認しうるところではない。

(4) 以上からすれば、税務調査の際に、納税者が仕入税額控除に係る帳簿等の提示をしない場合は、同条の規定する仕入税額控除に係る帳簿等を「保存しない場合」に該当すると解さざるを得ないのである。

そして、本件において、原告は、当初提示仕入帳及び一部補正仕入帳のみを提示し、法三〇条八項の要件を具備した記載があるとされる正規仕入帳及び再補正仕入帳については、「取引内容の書き写しやコピーを一切しないこと。」との、質問検査権の所期の目的を妨げる不当な条件を付してこれを提示しなかったものであり、右提示拒否により、被告税務署長は、右正規仕入帳及び再補正仕入帳の提示要請を諦め、一部補正仕入帳の記載内容に基づき、課税仕入額の計算をするに至ったものである。

(二) そして、一部補正仕入帳は、前記1のとおり、その一部について、法三〇条八項の記載事項を具備していないものである。したがって、当該部分については、法定帳簿等の保存がないものとして、仕入税額控除を否認した被告税務署長の措置は相当である。

4  結論

以上のとおり、本件においては、原告は、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳を保存していないものというべきであって、被告税務署長は、原告から提示を受けた仕入帳(一部補正仕入帳)の記載から検討、判断せざるを得ないところ、これによれば、原告が、本件係争各課税期間につき納付すべき税額は、平成三年課税期間が七二万五〇〇〇円、平成四年課税期間が八九万八九〇〇円、平成五年課税期間が二二九万四六〇〇円となり、再更正処分後の本件更正処分により、原告が納付すべきものとされる金額と同額であるから、本件更正処分は適法である。

また、本件再更正処分により納付すべき税額の基礎となった事実が、更正前の税額の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な事由があるとは認められないから、同条一項の規定に基づき、過少申告加算税を賦課した処分も適法である。

四  被告審判所長の抗弁・・・本件裁決固有の違法の不存在

原告は、被告審判所長が行った裁決についても違法である旨主張するが、行政事件訴訟法一〇条二項は、「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては処分の違法を理由として取消しを求めることはできない。」と規定しているところ、本訴請求は、仕入税額控除を算定する過程の実体的な判断内容を問題とするものであって、原処分を正当として維持した裁決の実体的違法を理由とするものにすぎないから、原告の主張は、結局、原処分の違法事由のみを理由とすることに帰着し、同条項の規定に違背するものである。

五  抗弁に対する認否

1  被告税務署長の抗弁

(一) 同1のうち、(一)(二)は認め、その余は全て否認ないし争う。

(二) 同2は認める。

(三) 同3及び4は争う。

2  被告審判所長の抗弁

全て争う。

六  被告税務署長の抗弁に対する反論

1  本件更正処分に至る経緯について…一部補正仕入帳の提出時期について

(一) 本件臨場調査が行なわれた直後である平成六年五月二〇日、佐藤コヨシ商店を実質的に切り盛りしていた原告の長女の夫である佐藤今朝夫(以下「今朝夫」という。)は、心筋梗塞で入院したのであり、したがって、被告税務署長主張のように、同月二三日に、当初提示仕入帳を補正した上、石山調査官に提出することは不可能である。なお、今朝夫と伊東税理士が、当初提示仕入帳を補正して提出することを話し合ったのは、今朝夫が退院した後で、平成七年一月二七日のことである。

(二) また、被告税務署長は、石山調査官が、一部補正仕入帳に赤マーカー表示を行い、その写しを伊東税理士に交付して、その他の取引についても右表示の記載程度まで補完するよう要請したと主張するが、前記(一)のとおり、この時点においては、原告は、石山調査官に対して、一部補正仕入帳を提出していないのであるから、同被告主張のような再補完の要請はあり得ない。

(三) このように、被告税務署長の主張は、事実経過についても誤っており、信用することができない。

2  本件更正処分の根拠について…法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の提示について

(一) 法三〇条七項の法定帳簿等の「保存」の意義について

法三〇条七項に定める保存がない場合と、被告税務署長が主張する不提示とは、明らかに相違する。

すなわち、保存がない場合とは、特段の規定がない限り、物理的に存在しない状態をいい、不提示とは、保存がないので提示できないか、あっても、提示できる状況にないか、意識的に提示しないかである。

そして、問題は、意識的に提示しない場合であるが、法三〇条七項においても、災害その他やむを得ない事情がある場合には、仕入税額控除を認めるとしていることからすれば、右不提示について合理的な理由がある場合には、違法性を欠き、その申告に従った仕入税額控除がなされるべきであるし、他方、調査の適正手続の要求は、右不提示の合理的な理由となり得るものと解される。

(二) 法三〇条八項の要件を具備した正規仕入帳の保存及び提示について

これを本件についてみるに、原告は、法三〇条八項の要件を具備した正規仕入帳を保存していたものであり、これを平成七年一月五日、同月二七日、三一日の三度にわたり、石山調査官及び佐藤統括調査官に提示しているものである。

ところが、石山調査官らは、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳全部の提出を要求したものであるところ、石山調査官の説明によれば、右提出要求は、反面調査の必要のためではないが、仕入帳全部のコピーないし書き写しがなければ限定調査になり確認ができないためであるとされる。

しかし、反面調査の必要すらないのであれば、正規仕入帳については、その記載が法三〇条八項の要件を具備しているかどうかを形式的に審査すれば足りるのであって、それを超えて、仕入帳全部のコピーないし書き写しと要求することは、質問検査権の行使としての必要性を欠くものであり、この点に関する合理的な説明がない以上、右提出要求は、本件税務調査とは無関係な資料収集というほかない。

(三) 石山調査官の権限の逸脱

さらに、石山調査官は、本来の調査対象物である正規仕入帳について、閲覧検査をすることなく、そうでない当初提示仕入帳を補正した上で、その全部を提出するよう要求したので、原告は、右要求に応じ、平成七年二月七日、当初提示仕入帳を法三〇条八項の要件を具備する程度まで補正した仕入帳(再補正仕入帳、甲一五号証)を新庄税務署に持参し、その閲覧検査を要請している。

ところで、原告は、右(二)のとおり、法三〇条八項の要件を充たした正規仕入帳を、石山調査官に対して提示しており、右正規仕入帳が質問検査権の対象となる検査物である。

ところが、石山調査官は、本来の検査物ではない当初提示仕入帳について、補正をした上で提出するよう要求したものであり、この点においても、右仕入帳の提出要求は、本来の質問検査権の行使からは逸脱した、資料収集目的の調査というほかない。

(四) 右(二)及び(三)のとおり、本件税務調査は、資料収集目的の調査というほかないところ、これに応じるかどうかは、原告の任意の承諾によるべきものであって、コピーや書き写しをしないことを条件として提出に応じるとした原告の行為には、合理的な理由がある。

よって、本件においては、本件申告どおりの仕入税額控除がなされるべきところ、原告において、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の提示を拒んだとしてなされた被告税務署長による本件更正処分は違法である。

七  被告審判所長の抗弁に対する反論…本件裁決固有の違法

1  理由不備

裁決書によれば、石山調査官が、原告に対し、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の提出を求めたことが認定されているところ、右帳簿の提出要求は、前記六2のとおり、質問検査権によって認められた調査の範囲を逸脱するものであり、このような提出を求めるためには、合理的な法的根拠が示されない限り、あくまで被調査者の任意の承諾が必要である。

そして、原告は、右仕入帳の提出については、コピーや書き取りをしないで欲しいとの条件を付したのに対し、石山調査官は、無条件の提出を求めたものであるところ、本件裁決は、右事実を認めながら、提出を求めた法的根拠も明らかにしていないのであって、これは、裁決における理由不備に該当し、裁決固有の違法にあたるといわなければならない。

2  審理不尽

(一) 前記六2のとおり、税務調査における本来の検査の対象物は、法三〇条八項の要件を具備した正規仕入帳であり、当初提示仕入帳及び一部補正仕入帳は、あくまで、資料提出の要請に応じて任意に提出したものであって、検査対象外のものである。

そして、被告審判所長は、被告税務署長が、検査の対象物である正規仕入帳を検査せずに、検査対象外の一部補正仕入帳に基づいて更正処分をした事実を知りながら、被告税務署長の右違法を認容したものであり、被告税務署長の行った原処分の適法性、合目的性を何ら審査していなかったことは明らかであって、右は、本件裁決固有の瑕疵に該当する。

(二) 被告税務署長は、請求原因3のとおり、本件再更正処分を行ったところ、右再更正処分が本訴提起後になされたものであることからすれば、本件再更正処分の事実は、被告審判所長の審査が、帳簿の形式審査さえしていなかったことを示すものであり、審理不尽として、本件裁決固有の違法に該当する。

第三当裁判所の判断

一  本件更正処分に至る経緯等

請求原因事実については当事者間に争いがなく、本件更正処分に至る経緯等につき、右争いのない事実に、証拠(甲一ないし五号証、六号証の1ないし4、七及び八号証、一一ないし一五号証、乙一ないし三号証、四号証の1ないし18、五号証の1ないし12、八号証、証人石山洋、伊東栄の各証言)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告における帳簿の作成と保管

(一) 原告は、食料品小売業を営むほか、「佐藤コヨシ商店」の名称で米穀集荷業も行っている者であるが、実際の右業務の運営は、もっぱら原告の長女の夫である今朝夫が行っている。

(二) 原告においては、法三〇条八項の要件を具備した唯一の帳簿として保管していたのは、正規仕入帳(甲一一号証)のみであるところ、右仕入帳については、仕入先を秘密にするとの趣旨から、原告の関与税理士である伊東税理士以外には誰にも見せないこととし、同税理士において、右仕入帳の記載を閲覧、確認し、その計数確認等を行った上、原告に返却する扱いとしており、同税理士の事務所に保管されているのは、仕入先と氏名が一部消去された仕入帳(当初提示仕入帳、甲一二合証)であった。

そして、これら仕入帳は、今朝夫のメモに基づいて作成されたとする一方、伊東税理士においても、右メモの存否は不明であるとするものであって、これら仕入帳の記載自体についても、その真実性を担保しうるものは存在しない。

2  本件税務調査の経緯

(一) 原告は、平成三年度ないし同五年度の各課税期間の消費税について、被告税務署長に対し、各法定申告期限までに確定申告書を提出した。

(二) 被告税務署長は、平成六年五月一六日、原告の所得税及び消費税の調査のため、石山調査官を原告の自宅に臨場させ、同日以後右調査を行った。

右臨場調査に先立ち、石山調査官は、上司である佐藤統括調査官より、調査に当たっては、原告の売上が増加しているのに、それに対応して所得金額が増加していない点、これを消費税に関していえば、課税仕入の仕入税額控除が過大であるのではないかとの点に留意するようにとの指示を受けている。

(三) 本件臨場調査は、右五月一六日及び同月一九日の両日に行われた。その際、石山調査官は、原告の概況調査及び差益率について検討を行い、また、原告の米穀仕入に関する仕入帳の提示を求めたところ、原告は、当初提示仕入帳(甲一二号証)を提出したので、石山調査官は、これを借り受け、持ち帰った。

ところが、石山調査官が右仕入帳を調査したところ、右帳簿には、仕入年月日、数量、単価、仕入金額及び米の品種(略号で記載)の記載はあるものの、仕入先については、一部、氏又は名前の一方のみが記載されているものがあった。

これは、原告としては、正規仕入帳を提示した場合には、仕入先を漏らさないという仕入先との約束に反するとの考慮から、右仕入先の氏名、住所などの記載を一部消去した当初提示仕入帳を提示したためであった。

そこで、石山調査官は、右仕入帳は、法三〇条八項に規定される「課税仕入れの相手方の氏名又は名称」の記載に不十分な部分があると判断し、原告に対し、その補完を要求するとともに、当該補完がされないと仕入税額控除の対象とならない旨説明した。

(四) 右調査の後、今朝夫は、伊東税理士に対し、「正規仕入帳はきちんと書いているが、お客との約束もあるので、見せるわけにはいかない。商売は信用だといって名前を出すことには皆反対している。」旨述べて、どのようにしたらよいか相談をした。

これに対し、伊東税理士は、「仕入帳の提示は必要になると思うが、メモやコピーをとらないで確認するようお願いしたらどうか。」との返答をしている。

(五) 同月二三日、伊東税理士は、新庄税務署に対し、当初提示仕入帳に補完記載した仕入帳の写しである一部補正仕入帳(甲一三号証)を提出した。

ところが、右補完記載によっても、なお、仕入先の氏名等の記載が法の要求する記載として不十分であると認められる部分があったため、石山調査官は、伊東税理士に対し、再度、補完記載して提示するよう依頼した。

その後、石山調査官は、一部補正仕入帳に、氏及び氏名並びに地域名までが記載されている取引について、赤マーカーで表示を行い、右表示を行った一部補正仕入帳の写し(甲一四号証)を伊東税理士に交付して、その他の取引についても右表示の記載程度まで補完するように要請した。

(この点について、証人伊東栄は、一部補正仕入帳は、平成七年一月二七日に、今朝夫が、調査に協力しようということで、伊東税理士のもとに持参し、同税理士において、新庄税務署に提出したものである旨証言し、原告は、平成六年五月二三日に右仕入帳を提出することは不可能である旨主張する。しかし、右証言ないしは主張を前提とすると、後記のとおり、二度目に正規仕入帳であるとされる仕入帳を新庄税務署に持参して以降に、一部補正仕入帳を持参したこととなり、その後、平成七年二月七日までの間に、石山調査官において、甲一四号証を作成して伊東税理士に補完を要求し、これに応じて伊東税理士が再補正仕入帳を作成したということになるが、正規仕入帳の提示の有無について、伊東税理士と石山調査官及び佐藤統括調査官との間で紛争となっている時期に、反面、当初提示仕入帳を補正して一部補正仕入帳を提出するとの経緯は不自然であるとともに、当初提示仕入帳の補正についての相談やその提出について、甲七号証に一切記載がないことに照らすと、右証言ないし主張は採用することができない。)

(六) 平成七年一月五日、伊東税理士は、正規仕入帳であるとする仕入帳を持参した上、新庄税務署を訪れ、石山調査官に対し、右仕入帳については、「コヨシ商店との約束があるので、コピーしたり書き写したりしないで欲しい。」旨要求した。

これに対し、石山調査官は、右のような条件が付された場合には、真実の取引かどうかを判断しかねるとの考慮から、「書き写しもコピーもだめとなれば確認できない。」旨述べ、右条件を外すよう要求した上、取引先の住所、氏名を書いて出してもらいたい旨改めて要求した。

しかし、伊東税理士は、原告においては、仕入を行う際に、仕入先を一切口外しない旨約束しているので、右条件が守られない限り、右要求には応じられない旨返答して、石山調査官の要求を拒否したため、結局、同調査官は、伊東税理士が持参した仕入帳を手にとってめくる程度のことはしたものの、右仕入帳の記載内容を確認するまでには至らなかった。そこで、石山調査官は、伊東税理士に対し、ただ提示するだけでは確認ができないので、一部補正仕入帳に全部、住所、氏名を補正、記入して提出するよう要請した。

(七) しかし、伊東税理士は、右要請に応じることなく、同月二七日にも、正規仕入帳であるとする仕入帳を持参して新庄税務署を訪れ、石山調査官に対し、「この帳簿は法三〇条八項の要件を具備しているので確認して下さい。」と申し出たが、「コピーも書き取りもしないで下さい。但し、他に利用しないと約束してもらえるなら全部提出します。」とも述べ、従前と同様の条件を付した。

(八) さらに、同月三一日にも、伊東税理士は、新庄税務署を訪れ、石山調査官及び佐藤統括調査官に対して、「今日が三度目です。仕入先の課税のために利用されれば店はつぶれるので、全部の提出は容赦願いたい。しかし、他に利用しないとか、納得のいく説明があれば、全部の提出にはこだわらないが、その約束がない以上、全部の提出はできないということです。」と述べて、従前と同様の約束をしない限り、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の調査には応じられないとの対応に終始し、結局、この日も、右仕入帳を閲覧調査することはできなかった。

なお、石山調査官及び佐藤統括調査官は、右来所の際にも、伊東税理士に対し、条件を付した帳簿の提示は認められず、このままでは一部補正仕入帳の記載内容によって法三〇条八項の要件を具備しているか否かを判断せざるを得ず、仕入税額控除が一部認められなくなる旨を説明した。

(九) 同年二月七日、伊東税理士は、新庄税務署を訪れ、石山調査官に対し、一部補正仕入帳につき、法三〇条八項の要件を具備する程度まで、仕入先の氏名等の記載を補完した仕入帳(再補正仕入帳、甲一五号証)が入っているとする封筒を差し出した。右封筒は、糊付けがなされ、割り印が押されてあるものであった。

そして、同税理士は「マーカー線引き以外の仕入先についても、フルネームを記入して封入されている。」「秘密を守る、他に利用しない、と約束してもらえるなら封筒を開封して下さい。もし約束が守れないのであれば、開封しないでそのままにして下さい。これがコヨシ商店の条件です。」と述べた。これに対し、石山調査官は、そのような約束はできない旨を説明するとともに、そのような条件を付さないで帳簿を出して欲しい旨説明したが、伊東税理士は、約束ができないのであれば持ち帰る旨述べて帰って行った。

したがって、石山調査官は、右封筒を開封して、内容を確認することはしていない。

(一〇) このような経緯を受けて、伊東税理士は、石山調査官の意向を今朝夫に報告し、今朝夫夫婦と相談した結果、今朝夫は、「退院してきてみると、『税務署に教えたのはお前か。』と聞きに来たお客もいるので、名前の書いてある仕入帳を税務署で利用するのであれば、それはだめだというほかない。」「それでも更正するのなら、更正してもらうほかない。」との結論に達した。

3  本件更正処分

その後も、佐藤統括調査官と伊東税理士との間で、法三〇条の解釈等について応答がなされたが、解決には至らなかった。そこで、被告税務署長は、これまでに提出されていた一部補正仕入帳の記載に基づき、税額を計算することとし、その旨伊東税理士にも連絡したところ、同税理士は、「金額の問題ではないので、早く税額を決めて欲しい。早く更正して欲しい。」旨の対応をした。

そこで、被告税務署長は、平成七年三月一〇日、本件更正処分を行った。

4  本件裁決

原告は、被告税務署長に対し、本件更正処分を不服として、平成七年三月二四日、異議申立てをしたが、同年六月三〇日付で棄却されたので、同年七月二四日、右異議決定を不服として、被告審判所長に対し、本件更正処分につき審査請求をしたところ、同被告は、平成九年五月二六日、右審査請求を棄却する旨の本件裁決をし、右裁決書は、同月三〇日、原告に送達された。

そこで、原告は、本件訴訟を提起した。

5  本件再更正処分

被告税務署長は、平成一〇年三月三〇日、本件再更正処分を行ったが、その理由は、本件更正処分において、一部補正仕入帳の記載が法三〇条八項一号イの要件を具備するか否かを検討するにあたり、「住所まで含めて判断した誤りがあったことから、これを含めずに再検討した上、消費税額を再度計算した。」というものであった。

その結果、本件更正処分の内容は、別紙のとおりとなった。

二  法三〇条七項の法定帳簿等の「保存」の意義について

1  法三〇条八項及び九項は、消費税の仕入税額控除の対象となる取引について、法定帳簿等の記載事項を法定し、同条七項は、当該課税期間の課税仕入に係る法定帳簿等を保存しない場合には、同条一項による仕入税額控除の規定を適用しないものと定めている。

これら規定は、法が、申告納税制度を採用していることを前提に、その申告内容である仕入税額控除の対象となる課税仕入の真実性を確認することができるものであることを要求するとともに、必要な場合には、権限ある税務職員が質問検査権を行使し、右帳簿の提示を受けてこれを検討することによって、右課税仕入に係る取引内容の真実性を確認することを当然に予定しているものというべきであるから、法三〇条七項にいうこれら帳簿等の「保存」とは、単に法定帳簿等が存在し、納税者においてこれを所持しているということだけではなく、税務職員の質問検査権に基づく適法な調査に応じて、その内容を確認することができるように提示し得る状態、態様で保存を継続していることを意味するものと解するのが相当である。

したがって、税務職員の適法な質問検査権の行使にもかかわらず、正当な理由なく、提示を拒絶したような場合には法三〇条七項にいう法定帳簿等の「保存がない」場合にあたるものというべきである。

三  石山調査官の調査の適法性

右に説示したとおりの法三〇条七項の「保存」の意義に照らすと、本件においては、石山調査官による本件税務調査が、法六二条に基づく質問検査権の行使として適法なものかどうか、反面、原告が、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳を検査するにあたり条件を付したことが、正当な理由なく帳簿の提示を拒絶したことにあたるかどうかが争点となるので、この点について、前示一の事実関係に基づき判断する。

1(一)  原告自身、正規仕入帳(甲一一号証)のみが、法三〇条八項の要件を具備した帳簿であるとするところ、右正規仕入帳自体、その作成の基礎となった資料の裏付け、即ち、そこに記載された取引内容の真実性についての担保を欠くものである上、石山調査官が本件臨場調査を行った際に原告が提示したのは、仕入先の氏名、住所などの記載において一部右要件を欠く当初提示仕入帳であり、右当初提示仕入帳のほか、法三〇条八項の要件を具備したとする正規仕入帳が存在することについて、石山調査官に対し告知するなどもしていない。

(二)  そして、伊東税理士は、平成七年一月五日、同月二七日及び同月三一日の三回にわたり、正規仕入帳であるとするものを持参し、また、同年二月七日には、再補正仕入帳が封入されているとする封筒を持参して新庄税務署を訪れたが、いずれも、「コピーや書き取りはしないで欲しい。」との条件を付けたため、石山調査官は、右持参された仕入帳を一瞥した程度で、結局、法三〇条八項の要件を具備している仕入帳であること及びその記載内容について確認することはできなかった。

(三)  さらに、甲七号証及び前示一2の経過からすれば、本件臨場調査が、原告に対する消費税の調査としてなされたことは明らかであり、被告税務署長において、一般的な資料収集に努めていることが事実であるとしても、本件調査が、当初から、原告に対する消費税の調査とは全く関係のない資料収集目的であると認めることはできない。

そして、前示一2(二)のとおり、石山調査官は、消費税に関する仕入額控除にかかる取引の過大性について留意するよう指示を受けて、本件税務調査に臨んだものであるところ、前記(一)のとおり、法三〇条八項の要件を具備していない当初提示仕入帳が示されたこと、石山調査官において、本件更正処分に至るまで、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳を閲覧し、その内容を確認することはできなかったことをも併せ考慮すれば、右要件の具備の確認、ひいては、取引内容の真実性を確認するために、右要件を具備した帳簿を検査する必要性があったことは明らかである。

また、石山調査官が、当初提示仕入帳について、補完記入を要求した点についても、右(一)及び(二)のとおり、本件更正処分に至るまで、法三〇条八項の要件を具備した帳簿の記載内容を確認することができなかったことからすると、これが、質問検査権の行使における裁量を逸脱したものということはできない。

2  原告の反論について

(一) 原告は、法三〇条七項にいう法定帳簿等の保存がないということと、これを提示しないこととは概念を異にするところ、原告は、右法定帳簿である正規仕入帳を保存していたし、また、税務調査が適法性を欠く場合には、右帳簿等の不提示も違法性を欠くとの見解を前提に、石山調査官は、一貫して、帳簿を「出して下さい。」と発言し、提示とは異なる仕入帳全部の「提出」を要求していたものであり、質問検査権の行使の範囲を逸脱していたものである旨主張し、甲七、八号証及び証人伊東の証言も同趣旨を述べる。

しかし、前示二のとおり、取引の真実性を担保するために保存が要求されている法定帳簿等について、税務官署における書き写しやコピー等の情報の共有が一切許されないとすれば、法三〇条七項ないし九項の趣旨を没却することとなるのは明らかである。そして、前示一2のとおり、石山調査官は、「コピーも書き取りもだめだとすると確認できない。」旨繰り返し発言していることからすると、右は、コピー又は書き取り等情報の共有を要求したものであり、このことは、仕入税額控除の対象となる課税仕入の真実性を検討し、確認するためには当然必要であり、かつ、許容されるべきものであって、「出してもらいたい。」といった文言のみを捉えて、直ちに、仕入帳全部の「提出」を強要したということは到底いえないものである。

加えて、石山調査官は、本件調査に先立ち、佐藤統括調査官より、原告の売上の増加に比して、所得金額が増加していない点、消費税に関しては、仕入税額控除が過大ではないかとの点に注意して調査するよう指示を受けたこと、本件臨場調査において、当初提示仕入帳のみが提示され、正規仕入帳の存在について、了知の機会が与えられなかったことを併せ考慮すれば、石山調査官をして、仕入額控除にかかる取引の真実性について疑念を抱かせるに足りるものがあったというべきであり、同調査官が右のような要求をしたことが、質問検査権の行使としての裁量を逸脱したものということもできない。

従って、本件税務調査において、石山調査官は、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の「提示」を繰り返し求めてきたに過ぎないものというべきであり、この点に関する原告の反論は理由がない。

(二) さらに、原告は、平成七年一月五日、石山調査官が、「反面調査はしない。」旨発言したことに現れているとおり、本件税務調査においては、反面調査の必要もないのであるから、正規仕入帳については、単に形式審査すれば足りるものであった。にもかかわらず、右形式審査すら行わず、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳全部の提出にこだわったのは、質問検査権における裁量を明らかに逸脱したものであると反論する。

しかし、右1(二)のとおり、石山調査官は、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の記載内容を確認しておらず、仕入先自体の確認もできなかったのであるから、反面調査の必要性の判断すらできないと考えられるので、石山調査官が、「反面調査はしない。」旨の発言をすることは不自然である上、前示二のとおり、法定帳簿等の保存を要求した趣旨が、仕入額控除にかかる取引の真実性を担保することにあることからすると、本件税務調査において、正規仕入帳の形式審査をすれば足りるということはできないから、右主張も、採用し得ないものである。

(三) そして、前示一2(四)のとおり、今朝夫は、伊東税理士に対し、「他に口外しないとの顧客との約束があるので、正規仕入帳を税務署に出すわけにはいかないが、どのようにすべきか。」との相談をしていることからして、原告は、本件税務調査が開始された当時から、仕入先を秘匿したいとの意図があったものと推認されるところ、一般的にも、税務調査を行う税務職員は、守秘義務を負担しているのであるから、被調査者において、仕入先を秘匿したい個別的事情があるとしても、これらの者に対してその氏名又は名称を秘匿する理由になるものではなく、これをもって法定帳簿への記載あるいはその提示を拒絶する合理的な理由とすることはできない。

また、本件において、原告の付した条件に従うならば、取引先が誰であるかの確認すらできない状況のまま、税務調査を行うことを余儀なくされるのであって、右は、質問検査権の行使を不当に制約するものであるのみならず、課税仕入にかかる取引の真実性を担保するとの法三〇条の趣旨に反するものといわなければならない。

3  以上の検討によれば、原告は、本件税務調査に際し、仕入先の秘匿を目的として、石山調査官が、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の提示が得られない場合には、仕入税額控除を受けられなくなる旨の説明も再三受けた上で、右仕入帳の提示を求められたのにもかかわらず、「書き写しやコピーはしないでもらいたい。」との条件を付するなどして、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の提示を拒んだものというほかなく、被告税務署長は、右提示拒否の態度が頑ななことから、提示を受けた一部補正仕入帳の記載に従って、本件更正処分を行うに至ったものである。

とするならば、原告が、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の提示を拒んだことは、正当な理由のない提示拒否として、法三〇条七号にいう、法定帳簿等の「保存」の要件を欠くことに帰するものといわなければならない。

4  そして、乙六号証によれば、本件において、被告税務署長が、原告から提示を受けた一部補正仕入帳の記載によって検討、判断した場合、原告が、本件係争各課税期間につき納付すべき税額は、平成三年課税期間が七二万五〇〇〇円、平成四年課税期間が八九万八九〇〇円、平成五年課税期間が二二九万四六〇〇円となることが認められ、また、本件再更正処分がなされたことは当事者間に争いがないから、原告が、各係争課税期間において納付すべき消費税額は、再更正処分後の本件更正処分により、原告が納付すべきものとされる金額と同額となる。

また、本件再更正処分により納付すべき税額の基礎となった事実が、更正前の税額の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な事由があると認めるに足りる証拠もない。

したがって、本件更正処分は適法である。

五  本件裁決について

1  本件更正処分は適法であるから、これを維持した本件裁決も適法であるし、また、本件裁決に至る手続についても違法な点はないというべきである。

2  この点について、原告は、本件裁決には、〈1〉理由不備、〈2〉審理不尽との固有の違法が存在すると主張する。

しかし、〈1〉については、法三〇条八項の要件を具備した仕入帳の提示要求が、質問検査権の行使として行われたものであることは、既に説示したとおりであり、原告の右主張は、前提を異にするものといわざるを得ず、採用し難い。

また、〈2〉についても、原告の反論は、本件更正処分時においてその存在が了知されなかった正規仕入帳が「保存」されていたとの前提で、本件裁決庁である被告審判所長が検査した上、これを消費税額計算の基礎とすべきであるとの前提に立つものである反面、本件更正処分時においては、被告税務署長に対し、正規仕入帳の提示がなく、したがって、法三〇条七項にいう「保存」の要件が充たされていないことは前に説示したとおりであるから、結局のところ、前提を欠くものといわなければならない。

3  以上からすれば、本件裁決の取消請求は理由がない。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年五月二〇日)

(裁判長裁判官 梅津和宏 裁判官 衣笠和彦 裁判官 瀬戸茂峰)

別紙

一 平成三年課税期間

〈省略〉

二 平成四年課税期間

〈省略〉

三 平成五年課税期間

〈省略〉

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